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今年の夏は暑かったなぁ。調理場で火を使うもんだからナマラ暑いべ。
料理人を志して42年になるが、こんなに暑さを体感したのは始めてだった。
なんかクラクラして息苦しさを感じたが歳のせいかな。



そんな「暑い!アツイ」と言ってた夏も過ぎてみれば秋になり。
雪虫が飛んで「寒いな」と言い出した頃、北海道が再び熱くざわめき出した。



野球の神様は悪戯好きなのか、日本ハムファイターズの快進撃が始まった。
ファイターズのホームグランド札幌ドームは人工芝のグリーンが美しく、
球場全体の清潔感、ライトの眩しいほどの明るさと、空調が効いた清々しさ。
閉塞感は無く広々として開放的で、なんか気分が好くなる。



一昔前の野球観戦は円山球場だった。プロ野球はもちろんの事、
高校野球の試合はこの球場がメッカであった。
今はないが、古くは中島球場があった。中島公園にあった木造の野球場で、
始めて高校野球を観戦しに行ったのもこの球場だった。
わずか40年程前の事、時代の流れとは言え、昔日の感がある。



子供の頃(昭和30年代)、スポーツはやっぱり野球だった。
近くの野っ原(最近この野っ原がないね)に集まり三角ベースをやったもんだ。
最初に近所の同級生に「おーキャッチボールやるべ」と誘われたのだが。
その時は「キャッチボール」が何なのかさえ知らなかった。
投げてくるボールにグローブを差し出すのだが、キャッチ出来ないのだ。
投げられる度にそれだから、「おまえ、ふざけてるべ」と言われた。
ふざけてるつもりはないのだがキャッチ出来ねぇんだから仕方なかっぺよ。
スゲー恥ずかしくて、悔しくて練習に練習し、その結果天性の野球センスが
見事に開花したのだ。天性の野球センスあるのに、キャッチボールも出来ない
のは変な話しだ。  イヤイヤ!天性のセンスも努力によって開花するのだ。



小学校、中学校、そして社会人になってからも朝野球と、
ずっと野球をやってきた。
今はケガをすると仕事に影響するのでやっていない。
というより歳のせいで身体が付いていかんのだ。
ヒットを打って一塁ベース回ったところで足を挫きそうだ。
豊平川の河川敷のグランドで草野球をやっているのをみると、
「アー野球やりてぇな」と心底思う。



そんな野球も、近頃は球界の盟主ジャイアンツの人気凋落に伴い、
プロ野球全体の人気、感心が薄らいでいる。
球団オーナーが自チームの選手を「たかが選手」などと馬鹿呼ばわりし、
球団オーナー自身が野球を愛してはいない。
観戦チケットを求めて朝から並びお金を支払い、バスや地下鉄を乗り継ぎ
わざわざ球場まで足を運んでくれるファンの熱い気持ちを理解しないのが、
ジャイアンツのオーナーであり選手なのではないだろうか。



以前勤めていたホテルに数十年前ジャイアンツのチームが宿泊していた。
試合当日円山球場へ昼食の弁当をジャイアンツのベンチ裏控え室に届けた。
王選手が控え室に戻って来た時、円山球場の清掃係のオバちゃんが
「王さんですか。孫が大ファンでサインしていただけますか。」と声をかけた。
練習後スグだった王さんは、ひと休みしたかったのだろうが、
ひと息吸い込み、息を整え「ウム」と気を落ち着かせ、
「ハイ!どーぞ」とオバちゃんの差し出す色紙に丁重にサインをしてあげた。
王さんは野球のプレーだけでなく、人間的にも素晴らしいなあと感じた。
長島さん王さんはプレーも人間的にも品格があったが、今はそんな選手が
少なくなった。
清原選手の耳のピアスを見て、思わず眉をひそめるのは僕だけだろうか。



今年の8月25日道新の「読者の声」に掲載された、
10歳の少年からの投稿を紹介したい。
「僕は少年野球団に入っています。
小学校、中学校、高校の野球だったら試合中にガムをかんだり、
つばをはいたりしないのに、どうしてプロの選手はそんなことを
するのですか。
もし、少年野球でそういうことをしたら、監督やコーチにどなられます。
プロの選手たちはなぜおこられないのですか。
毎日テレビで甲子園の高校野球を 見ていましたが、
ガムをかんだりする選手は一人もいません。
プロ野球は仕事なのです。仕事中にガムをかむのはよくないと思うし、
つばをはくのは見ていていい気持ちがしません。
また、ベンチにすわるとき、少年野球ではせもたれによしかからないで、
ちゃんとすわれ、と言われるのに プロ野球ではどうしてベンチに
足かけたりして、だらしなくすわるのですか。
プロ選手は子供たちのもはんになってほしいと思います。」


この少年の思いに、真正面からちゃんと答えてあげられるプロ野球の選手が
いるのだろうか。



ファイターズが北海道に移転して今年で3年目だが、
新庄選手の入団が話題になった。
新庄選手の夢は札幌ドームをファイターズファンで満員にする事と言っていた。
それが現実となりジャイアンツファンだらけの北海道の人達が
「おらがチームだべ!」とばかりにファイターズの応援団になった。



ヒルマン監督は米大リーグでコーチ経験があり就任
当初は大リーグ野球の様に「打て打て」の攻撃野球一辺倒であったが。
ファイターズ選手が「自分達は子供の頃から、バントでランナーを送るといった
野球をやってきた。監督の采配のような野球とは違う・・・云々」
とヒルマン監督と話し合い、今年からファイターズの野球は変わった。
ヒルマン監督の育った「ベースボール」と日本の「野球」の違いだろうか。
それにしても、その違いを理解し実戦に采配を活かしたヒルマン監督の
受け入れ方も素晴らしべや。それが見事に結実し今年の優勝となった。



パリーグを1位通過し10月12日のプレーオフでは対ホークスに
勝利リーグ優勝を決めた。このゲームは今年の野球が凝縮されたような
試合になった。先発はファイターズ ルーキー八木投手とホークス斎藤(和)の
鬼気迫る投手戦となったが。



ドラマは0-0で迎えた9回裏に野球の神様の悪戯好きが始まった。
先頭バッター一番の稀哲(ひちょり)が出塁、続く賢介が送りバント、
小笠原選手が敬遠され次のセギノール選手は三振。
(セギちゃんパスポートの更新忘れちゃダメ×ダメ)
ランナー1塁2塁で5番稲葉選手の打球はセンターに。
しかしホークスセカンド仲沢選手が好守、
セカンドベースに入ったカブレラ選手に
トスしホースアウトで万事休すか・・・と思いきや、一塁走者の小笠原選手が
懸命の走塁スライディングで塁審の判定は「セーフ」。
ホームベースを見ると2塁ランナーのひちょりがホームイン。
ホームベースで新庄選手がバンザイだ。サヨナラだサヨナラ勝ち!
パリーグ優勝だぁー。



しかし、喜んでばかりもいられない。中日ドラゴンズとの日本シリーズが
待っているぞ。
下馬評では圧倒的にドラゴンズ有利。



第1戦はドラゴンズのホーム球場名古屋ドームで川上投手と若き
ファイターズのエースダルビッシュ投手の投げ合いとなったが、
川上投手の好投の前に打てず初戦を落とした。



第2戦は7回表の攻撃、金子選手のセンター前にはじき返すヒットで逆転し
八木、武田久、マイケルの投手リレーで勝利。
これで1勝1敗の対でファイターズファンが待っている、
札幌ドームでの優勝も・・・。


3戦を勝利し4戦はシーズン中に10勝目前で交代降板させられ監督批判で
処分されたエース金村投手の意地と気迫と根性の好投で勝利し日本一に
王手をかけた。



実は金村投手とは店の営業を終えた帰りにススキノで遭遇し握手をしてもらったのだ。
その後スグにその事件があり、あの握手が悪かったのかなと、
後悔していたが、この好投でホッとした。
金村投手ゴツイ硬い手なのかなと思っていたのだが、
スゲー柔らかな手だったのでビックリした。顔のわりには繊細な奴なのかもしれない。



第5戦優勝のかかった大一番。先発は第1戦で投げたダルビッシュ、
4回に1点先制されるが5回裏1死3塁で金子選手必死のスクイズで
3塁ランナー稲田選手決死の生還で同点。このスクイズは見事であった、
プロでバントほど難しいものはないと思っている。
プロのピッチャーの投げる150kのスピードボールをバントするのは
容易い事ではない。



この試合金子選手のスクイズバントの他にもう一人バントを見事に決めたのが
ドラゴンズの川相選手だ。意図も簡単に当たり前の様に決めたバント。
当たり前を当たり前の様に決めるプロの凄さ、この川相選手のバントには
多くの事を学ばせてもらった。
さて金子選手のスクイズで同点となり気落ちしたドラゴンズ川上投手から
6回裏セギちゃんの2ラン、8回裏稲葉選手のホームランでダメ押し日本一を
決めた。


圧巻は8回裏今シーズンで引退するSHINJO選手最後の打席だった。
ホームランを期待するファンを裏切る大空振りの見事な三振。
打席に入ったSHNJO選手がバッターボックスで泣いているのが客席で
見ていても分かるのだ。
三振してベンチに座ってもうつむきき涙していたSHINJO選手。
ファンが名前を呼び続ける。友人の女性は生まれてから、これからも
あれほど人の名前を呼ぶ事は無いだろうと言うほど
「SHINJO!SHINJO」と叫んだそうである。


今年の対ロッテ戦でセンターへのライナーをSHINJO選手ジャンプしたが
捕球できずボールはグランドに転がった。
これを見た後ろの座席の5歳位の少年が「SIHNJOガンバレ!」と
声も張り裂けんばかりに叫んだ。
これほどタイガース、ファイターズファンのみならず、野球ファンに愛された
選手もいないであろう。
ありがとうSHINJO選手。キミがいたから野球が楽しかったよ。
ありがとう。



優勝インタビューに応えるヒルマン監督の「シンジラレナーイ!」が
札幌ドームに響き渡りファイターズファンの歓喜は最高潮に達した。
11月18日の優勝パレードには14万人ものファンが参加し
ファイターズ選手達の名を呼び続けていた。



SINJO選手も引退、そしてガッツ小笠原選手もジャイアンツへ移籍が決まった。
スターSINJO選手とチームリーダー小笠原が抜けたファイターズだが、
来期も応援するぞ。
ガンバレ!おらがチームファイターズ!
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「男性患者の多い眼科医?」


以前ホテルで働いていた時の事だ。オーブンの油汚れが手強くて、金タワシでゴシゴシやっても中々落ちない。
金ベラでガリガリと削るように剥がしていった。一箇所どうしても汚れが取れないので、「エーィ!」と思いっきり力任せに削ったら、汚れの一片が跳ねて目に入った。



「ウーッ」と唸って、洗い場で水道の蛇口から流れ出る水で目を洗った。その時は何とか治まったが、2,3日経つと目がグリグリする。目薬を点してもティシュで拭ってもどうにもいづい。



これは堪らんと、昼の休憩時間に近くの眼科医院に駆けつけた。
午後からの診療時間なので、そんなに込んではいないだろうと、勝手な思い込みは見事に外れた。



待合室には診療を待つ患者さん10数人で、すでにビッシリだ。「シマッタ」と思ったが、窓口に保険証を提出し、おとなしくベンチの片隅に空いた席を求め腰掛けた。
(先月号でも載せたが並んで待つのが嫌いなのだ。)待たされるうちに「あーなんか本でも持って来いば良かったな。」と考えながら周りを眺めると、
待合室の患者さんは、何故か男性ばかりで女性は1人だけだ。男の方が目を患う率が多いのかなと思った。20分程待たされ、(病院は待たされるほうが長くて、診療時間は3分くらいで終了だ。何とかならんのかね)



ようやく「サカイさーん」と呼ばれ、「ハーイ」と返事をし、診察室に入ると、先にまだ2人待っていた。
ここでも待たされるのかと、おとなしく腰掛け診療を待った。先の2人の診療が済み、「サカイさん、診察室へどうぞ」と、看護士の声に案内され診察室へ入り医師の顔を見てサプライズ。



女医さんだ。それも若く美しい女医。(なんかこれだけで、ときめいちゃうな)その清楚で知的な美しさに茫然自失。「どうしました」言う声までが、魅惑的に響いてくる。
「あっ、眼にゴミが入りました」と告げると、「こちらえどうぞ」と、診察椅子を指す。「どちらの眼ですか?」と聞くので、「アッ左です」と答えると、
「こちらにアゴを置いてください」と言われ、眩しい輝りの照らすカメラのレンズのような物を眼で覗き込む。歯科、眼科、耳鼻咽喉科の診療は医師と患者が、
接吻(今時こんな言い方しねーべ)でもするかの如く顔を近づける。「眼に細かいキズがいっぱい付いてます。アー鉄錆みたいのが入ってますね・・・」と、
脱脂綿のような物で取除き、眼を洗い診療を終えた。グリグリしていた眼がようやくスッキリした。スッキリした眼で見ると、尚の事その女医さんは美しい。
まだその場に居たかったが、次の患者さんが呼ばれたので、待合室に戻り支払いをして帰ってきた。



待合室であんなに男性患者が待っていたのは、なるほど、あの美しい女医さん目当てだったのか。
その日も仕事を終えオーブンの汚れを落としていた。又眼にゴミが入らないかな、と思いながら磨いていたが、残念ながら入ってはくれなかった。



「グリグリ歯科!」


歯科は嫌いと言うよりも大嫌い。歯が痛くなると、どうしようもないから歯医者に行くけど、そうでなければ頼まれても行きたくない。
歯科の診療椅子は電気椅子のようで、治療機具ときたら拷問の責め道具みたいだ。

虫歯を削るあの機具の“ウィーン”という音を聞いただけで“ブル”と身震いする。
だけど笑うと白い歯が見える口元は爽やかでいいものだ。ファイターズの新庄選手の日焼けした顔に真白い歯は実に良く似合う。



子供の頃、昭和30年代に観た時代劇の映画で、武家の奥さんが喋ると口の中が黒いのだ。「なんだべ!あれは」と驚き、その疑問を母に問うと。
「お歯黒と言って、昔の女の人は結婚すると歯を黒く染めたのだ。」と教えてくれた。そーなのか、それにしても映画のお歯黒は気味悪く怖かったな。



今時結婚したからと、お歯黒にする女性はいないだろう。お歯黒から左手薬指の結婚リングに変わってしまった。何でも左手の薬指は心臓に繋がっていてリングを嵌め あなたの心臓(ハート)は私の物ですよ。と言った意味が、左手薬指のリングにはあるそうな。



どうも永年の不摂生の為か歯が抜け落ちボロボロになってしまった。
治療しなければ、と思っているのだが、料理の味に影響するのではと考えると、歯科に行くのに二の足を踏んでしまう。今に総入れ歯になりそうだ。



これは聞いた話しであるが。さる歯科医院に行った時の事、治療の前に若い女性の歯科助手の方が、歯の磨き方やらなんやら親切丁寧に指導してくれるのだ。
だが、その歯科助手さん胸が豊からしく、診療中に二の腕あたりに、ご自慢の胸をグリグリと押し付けてくるのだ。それが、診療における熱心さの勢いが余ったものなのか。
はたまた、故意なのか。



「故意でなら、俺に気がある。イヤイヤ!そんな事はあるまい、熱心な診療のせいだ。イヤもしかして俺に気が・・・。今晩どう?などと誘ってみるべか?」などと、善からぬ妄想を駆り立ててしまうのは、哀しい男の性であろうか。
どちらにせよ、豊かな胸を感じながらの診療は男として実に喜ばしい事ではある。



中学生の頃、女子生徒のセーラー服の胸の膨らみに気付いた時、女子が急に女に感じられ、自分より大人に見えたものだ。地下鉄で満員ギュウギュウ詰めの中、急ブレーキでワーッと人が寄せられ、押し競饅頭状態になり背中に女性の胸がギューッと押し付けられた時の、柔らかく吸い付き弾きかえすような感触は、何とも言えぬいいものだ。



さてさて、そんなグリグリ診療なら、頼まれても行きたくない歯科だって、頼まれなくても足繁く通院しそうだなぁ。
どうにも、こうにも並ぶのが苦手だ。苦手というより並んで待つのが苦痛なのだ。何もすることがない、ただ待っているだけの、生産性の無い時間が堪らなく嫌なのだ。出来る事なら並んで待ちたくはないが、並ばにゃならない時もある。


その最たる事が、スーパーで買い物をしてレジに並ぶ時だ。
なるべく並んでいる人がいない、もしくは少ないレジを探して入るのだが。
前のオバちゃんが、精算していて。「1,353円ね!あ~待ってこまかいのあるから」と財布の中に手を突っ込み、ガチャガチャと掻き混ぜては、「1円でしょ、2円、3え・・・あら~やっぱり無かったわ。ハハハハ!」と来た時には、
「オバちゃん、いい加減にしてや!」と叫びたくなる。



かと思えば誰もいないから「ラッキー」と入ると、レジ係りの女の娘が研修生だよ。慣れていないから、実に手間取る。
買った商品にバーコードが付いていなくて「お値段確認してまいりますから
少々お待ちください」と言ってレジから走り出す。

やっと精算と思いきやレシートペーパーが無くなり、「少々お待ちください」と言うが、操作が分からず、サービスカウンターへ走り、先輩に来てもらい、
ようやく精算終了「大変お待たせいたしました。」である。
隣のレジに後から並んだ人が先に精算を済ませて、さっさと帰って行くではないか。「あーなんで、いつもこうなんだ」とおじさんボヤキたくなる。


こうなるのは「お前は辛抱が足らんから。レジに並ぶ事で辛抱する事を学びなさい」といった啓示なのであろうか?
そうだよ徳川家康は鳴くまで待ったんだよ。
織田信長 、豊臣秀吉、徳川家康の各々がほととぎすを詠んだ句である。




「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」 信長
「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ほととぎす」 秀吉
「鳴かぬなら 鳴くまでまとう ほととぎす」 家康
と三人の性格を現した句である。



「並んだら 早くしてよ レジ精算」 坂井利幸 となっちゃうな。



ほととぎすを呼んだ信長、秀吉、家康の句は誰でもご存知であろう。
もう一人ほととぎすを詠んだ武将の句をご紹介しよう。


「鳴け聞こう わが領分の ほととぎす」 加藤清正



レジに並んで待っている人達は、ただひたすら自分の番が来るのを待っている。ご夫婦、友達連れなら話しも出来るし、ケイタイメールをしている若い人もいるけれど、待っている間は何もすることがない。
だからといって、エスコフィエの著書「LE GUIDE CULINAIRE」をいざ解読しようなどといった御仁は、まさかいないべ。


店の行き帰りに札幌ラーメン横丁を毎日の様に通る。
観光客など大勢の人がやって来るが、並び行列の出来ているラーメン店は皆無だ。
しかし、ラーメン横丁と同じビルにあるラーメン店はいつも行列が出来ているし、
一丁離れた味噌ラーメン専門店は四六時中大勢のお客さんが並び行列である。
これほど名のある札幌ラーメン横丁にお客さんが並んでいないのは、
「なんで?」と首を傾げてしまう。
もうひとつ首を傾げたくなるのが、パチンコ店の前で朝早くから、並び行列を為している方々だ。パチンコ好きのなのだろうが、あれも理解出来んわ。


今年の雪祭りの開催に合わせて、店の近所にタコ焼き屋が出来たので、
(タコ焼きは格別好きではないのだが。タコ焼き屋さんゴメンナサイ)
オープン初日に早速行ってみた。



注文する窓口には、2組ほど並んでいたが「まあ、2組くらいは」と思い、
待って注文すると。「出来上がりに5分ほど掛かりますがよろしいですか?」と言う。
折角並んで注文できたので5分ならと思い「ハイ」と応えると、番号札を渡され「奥でお待ちください」と言われ、奥の待合室みたいな処に一歩足を踏み入れるなりビックリ。なんと十数人の客がズラリと並んで、自分の注文したタコ焼きが出来上がるのを待っているのだ。「しまった」と悔やんでも、遅かりし由良の介。
タコ焼きが焼きあがる度に「何番の方」と呼び出し、呼ばれた客は、やっと来た自分の番に嬉しそうな顔をしてタコ焼きの折を受け取り、いそいそと帰って行くのを見る度に腹立たしくなってきた。


「こんなに待たされるなら、たこ焼きなんか、もう絶対食わんぞ・・・」と、
独り悪態を呟いたせいか。タコ焼きを焼いていた兄ちゃんが、他のお客さんには愛想良く「ありがとうございました」と言っていたのに、
俺が帰るときは「ありがとうございました」どころか愛想のひとつもないぞ。
「チェッ なんでぇ・・・!」「5分ほど・・・」は方便で20分ほど待たされ、タコ焼きを2折り渡され、家に持ち帰ったタコ焼きだが、すっかりしぼんで冷えきっていた。そんな恨み辛み怒りが積み重なり、タコ焼きも並んで待つことも、余計に大大大嫌いになった。


人生で一番並んで待たされたのが、東京ディズニーランドのアトラクションだ。その並び待つ時間たるや、スーパーのレジやタコ焼き屋の比ではない。
ディズニーランドの場合は並んで待っても、その先に大きい楽しみがあるから、待っている事も楽しくなる。ましてや新婚さん、恋人同士ならなおさら楽しいべ。「拓哉、この乗り物、静香 コワーイ!」「大丈夫だよ、静香。俺が付いているだろ」「ウン静香ガンバル!」などと、待っている間にイチャツクのもいいよね。


スペースマウンテンのアトラクションに並んだ時の事だ。やはり1、2時間待ちである。後ろに並んだ外国人の若いカップルの、どちらか体臭がキツイのだ。
いや、キツイどころの話しではない。今まで体験した事の無い臭いなのだ。
この臭いに1、2時間付き合わされては堪らんと思い。
並んだ列を少し離れ周りの景色を見る振りをして、体臭のカップルを2、3組前に先送りしてやり過ごした。「アーよかった」と思ったのも束の間。先送りしたお陰でスペースマウンテン列車の先頭座席になり滑走、「僕コワーイ!」になってしまった。


最近並んで待ったのは「スター・ウォーズ エピソードⅢ シスの復讐」の、先行ロードショーのチケットを求めて、発売日にユナイテッドシネマへ行った時の事だ。スター・ウオ-ズファンにとっては、待ちに待たされた最終章のエピソードⅢである。


こっちは第一作のエピソードⅣから、ずーっとリアルタイムで観てきてんだ。
「そんじょそこらの、俄かスタ-・ウォ-ズファンと一緒にされちゃ敵わんぜぇ。」
と偉そうに言いたくなる。何が何でも、どうがどうでも観に行かなきゃ。
 


当日朝、早起きをして車を飛ばしファクトリーのユナイテッドシネマへ駆けつけた。野外駐車場に車を置き、チケット売り場へ続く渡り廊下の窓ガラス越しには、もう長蛇の列だ。「シマッタ、もう並んでいる」と臍を噛んだが走った。
エスカレーターを走り登り、とにかく急ぎ最後列に並んだ。
しかし、後から後から人人人が並び続いてくるのだ。
「あー、こんなにもスター・ウォ-ズファンが大勢いたんだな」と嬉しくなった。
この時ばかりは並んで待つのも楽しかった。チケットを手にした時は感慨もひとしおだった。並んで待つのも自分の気持ち次第なのだ。


さて、何かと気忙しく騒がしい時代であるが。
並び待つ時の貴殿の心境は信長、秀吉、家康のいずれであろうか。
しかし加藤清正が詠んだ句が、今の時代には合っているようだ。
「あの人ね・・・」と言うから、何の話しかと思いきや、どうやら飼っている犬の事らしい。犬を「あの人!」と呼ぶ程だから、可愛くて仕方がないらしい。


テレビニュースでペットの犬を飼っている、家を取材していたのだが。㎏2万円する松坂牛のロースの脂身をはずし、何やら調理して「ハーイ!ミーちゃんご飯ですよ」と与えているのだ。なんと、その食器が純銀製で5万円である。犬を猫可愛がりしているのだ。最近のペットブームは、チョット加熱気味である。


小学校の2,3年生の頃だったろうか。大学生の従兄弟と三人で銭湯の帰り道に、仔猫を拾って帰った。
しかしだ、死んだばあさんが大の猫嫌いだったので、家の台所に隠して置いた。子供心に、ばあさんに見つからないかとハラハラしていた。


しかし腹がへったのか仔猫が「ミャーン」と鳴く。それを聞きつけた、ばあさんが右の眉をキッと上げて「ん!猫いるんでないか!?」と叫ぶ。従兄弟が「外で鳴いてるんだ」と誤魔化したが、また「ミャーン」と鳴くから、サー大変。


「どこだ」と、鳴き声のする台所へ行ったばあさんに遂に見つかってしまった。それからが「捨てて来い!」と言うばあさんと、「飼う!」と言い張る従兄弟とで大騒動。


結局は「チャコ」という名を付けて飼う事になった。これが勝気な猫で、家でスキップしていたら、仏壇の陰に隠れていたチャコが跳び出てきて爪で足を引掻かれ、「イテーッ!」と、こっちは跳び上がった。しかし、なんだかんだ言ってチャコを一番可愛がっていたのはばあさんだった。


小学校4年生の時に、砂川から札幌に引っ越して来た。越してきた家に「ネズミがいるな」(今時ネズミがいる家など皆無であろうが、昭和三十年代の頃である)と父が言い、野良猫を拾ってきて「ニコ」と名付け飼い始めた。


何年かしてニコが仔猫を数匹産んだが、一匹だけ残して、あとは近所の家にもらわれていった。残った仔猫は、ニコが産んだから「サンコ」と名付けた。ニコとサンコと、「ゴマ」と名付けた犬も飼っていた。僕はこのゴマが可愛くて、メンコクて大好きだった。人懐っこく温和で怒ったように吠えることが無かった。

しかし、母もゴマを飼うのを、持て余すようになり、近くの工事現場の事務所の番犬に貰われて行く事になった。


その日工事現場から二人のオジさんが引き取りに来た。尻尾をフリフリ、後ろを振り向きながら連れて行かれるゴマ。
ゴマと別れなければならない悲しさと、子供の僕にはどうする事も出来ない無力さに、泣きそうになった。あれからゴマは幸せだったのだろうか・・・。


さてニコとサンコの話しである。


母が鯖の味噌煮の缶詰を「食べなさい」とくれた。嬉しくて、近くにいたニコに「ホラー」と、鯖缶の香りだけを嗅がせて与えなかったのだ。ニコは美味しそうな匂いに「ニャーオ!」と目の色を変えた。

それを見ていた父に「トシ!そんな事するな、卑しくなる」と言われ、ニコに鯖を一切れやると、「アグウ アグウ」と唸りながら食べていた。

猫語で「ウマイ ウマイ」と言っていたのかな。


当時、猫の餌さは俗に言う「猫飯(ねこまんま)」で、ご飯に味噌汁をかけたものや、(猫は猫舌なので冷めた味噌汁である)ご飯に削り節を混ぜた物を与えていた。卓袱台に食事の用意が並べられると、その匂いを嗅ぎ付けて、ニコとサンコが「ニャーオ!」と鳴きながら卓袱台の端に手を(足か?)掛けてきた。


妹はサンコを可愛がっていて、母が晩に帰宅してサンコがいないのに気が付き、妹に「キミちゃん、サンコ何処行ったの?」と尋ねると、妹が「知らなーい!」と応えていたのが、妙に印象に残っている。



最近はキャットフードやドッグフードで、茶色のコロコロしたスナック菓子みたいな物と、缶詰でパテ状の物などがある。そんな餌のせいか、家中で飼っていて運動不足なのか、犬猫も肥満が多い。NHKラジオ第1放送、「ラジオほっとタイム」の番組中の「ペットの相談」日には病気や躾など、多くの相談が寄せられている。



猫はほっつき歩くのが商売みたいなもんだ。日も暮れて戸締りをしてから、ニコやサンコが帰ってくると、「入れてくれ!」と、ドアを爪でガリガリと引掻くのだ。父が気が付き「トシ、サンコ帰って来たんでないか入れてやれ」と言われ、ドアを開けると「ニャーォ」と鳴きながら入ってくるのだ。それに気が付く時はいいが、たまにドアの外で丸まって寝ている、なんてこともあった。


外から家に入る時は、猫は土足である。泥や埃のままだから、母が「チャッチャッと足拭いて、家に入る猫いないもんかね?」と言っていた。ニコやサンコの泥足を雑巾でよくふいてやったな。


猫は爪を研ぐ。家の柱に背を伸ばして立ち上がり、それこそ「バリバリバリ」と音を立て爪を研ぐのだ。柱にキズが付くので「ニコ!ダメ」と、やめさせようとしたら、母に「いいから、やらせておきなさい」と言われた。柱は、爪を研いだ痕でササクレ立っていた。


そのニコが二階の窓から屋根に出たが、どうした事か屋根の傾斜にスベリ落ちて行くのだ。得意の爪を必死になって立てたがトタン板で爪が効かない。そのまま軒下に落下した。「アッ!ニコ」と叫んで、階段を駆け降りた。落下の勢いでグシャグシャに潰れたニコを想像したが、さすが猫だ身が軽い。軒下に置かれた材木の上にヒラリと着地したのだ。何事も無かった様に「ニャーオ!」と鳴く姿にホッとした。


ニコに鏡を見せた時の事だ。自身の映った姿を不思議そうに見て、鏡に向かって爪を立て、やおら鏡の後を覗くと、誰もいない「なんだ?」と言うように妙な顔をしていた。



十勝地震が起きた時は、突然のガタガタガという揺れにビックリ仰天したニコが「ニャニャニャニャ-ン!」叫びながら家を飛び出して行ったそうな。


しかし、命在るものいつかは・・・。可愛がっていたペットを亡くし、ガックリと気を落とし「ペットロス症候群」という鬱病になる人もいるそうである。


親猫のニコよりサンコの方が先に亡くなった。サンコを、とても可愛がっていた中学生だった妹は、母の勤め先に「母さん、サンコ死んだんだから」と泣きながら、告げに行った。


まぁ泣くのはいいさ。しかしだ、それからが大変さぁ。サンコの遺体を片付けるのは、兄の俺だよ。「土に埋めてやればいいだろう」って。その時は冬だ、何処も彼処も雪、雪、雪だよ。ペットのお墓がある時代じゃないよ。サンコの遺体を紙袋で包んで雪の中に埋めて冷凍保存。 


春近くなって土に埋められそうになった頃、雪の中からバリバリにシバレた、サンコを掘り出した。近くの公園に「サンコの墓」と書いた紙と共に埋葬した。妹と近所に住む従兄弟達と、静かに手を合わし冥福を祈った。



サンコが亡くなって、親猫のニコが急に妹に甘えてきたそうである。ニコもサンコを亡くし寂しかったのだろうか。だがそのニコも数年して亡くなった。病だったのだろう、最後は「ハァーハァー」と苦しそうに、力なく歩き回り、夜に布団の中に入ってきたりしたが、翌朝亡くなっていた。



遺体はその時住んでいた、家の庭に埋葬した。土を掘り返し、永年一緒に暮らしたニコを埋め、そっと一人で手を合わせた。その日は青空の広がる悲しいほど、天気だったのを、不思議と憶えている。


それ以来、犬も猫も飼った事はない。ニコもサンコも、そしてゴマも天国で父母の膝に抱かれ「ビヨーン!」と鳴いているのだろうか・・・。


著者注:
犬猫などの生き物は、あの世では「ワンワン」と吠えたり「ニャーン」とは鳴かず、「ビヨーン」と鳴くのだ。と聞いたことがある。あの世にまだ逝ったことが無いので、真の程は確かではない。


悪しからず!
ススキノという場所柄、スナックやクラブのママ、ホステスさん達がお客様と連れだって来店してくれる。



俗に言う「同伴」である。因みに閉店後にお付き合いするのは、「アフター」である。



同伴の場合、大半は午後8時半までに自分の店に入ればOKらしく。ママクラスになると9時までに店に入る場合もある。この時間は厳守らしく、一分でも遅れたら三十分の賃金カットの店もあるそうな。
(キビシーすねぇ)



店を始めた頃は、そんな時間の事が分からず、同伴のお客様に、いつものペースで料理を出していたら。「早く出してくれ!」と催促され、「えっ なんで?」と慌てたが。やっていくうちに、なるほど、同伴とはそうなのかと段々と分かってきた。



それで、同伴のお客様が来店した場合は、同伴のローマ字読みの頭文字を取り「D」と、連絡する事にした。「テーブル2番Dです」といった具合だ。



しかしだ、同伴とハッキリ分かるお客様ならいいのだが、同伴かどうか判断に
迷うお客様が困る。二人の会話、女性の服装などで察するのだが、ジーンズで来て、店で着替える事もあるし、最近の若い娘は目上の方にもタメ口だし、茶髪の女性も多く、昼はO Lで夜はスナックやクラブでバイト、なんて女の娘もいるからね。


だけど、ヒマなら時間に合わせて料理を出せるからいいが、満席状態で同伴が三組入った日には、チョ―忙しい思いをする。



一人で料理つくっているから、次から次と来るオーダーに。あれやって、これやって、それやって。これもあれも、それもだよ・・・と、てんてこ舞いの忙しさ。



花菱アチャコさんのセリフじゃないが「もー無茶苦茶でござりまするがな!」(ちと古いか)そんな状態である。



和服がビシと決まった中年ママ。スラッと背が高くモデルもやっているホステスさんなど、いずれも美人で魅力的だ。


そんなママの一人と、昼に薬のツルハでバッタリ。なんでも、岩盤浴の帰りだそうでスッピン。いつもとは違った感じだ。どうりで、目深に被ったキャップのせいか、すれ違った時は分からなかった。



同じ和服でも日本人形みたいにかわいいママもいる。セーラー服の頃は、毎日靴箱にラブレターが入れられていただろなと思う。



上目遣いで瞬きされて「お願い・・・」なんて言われたら、絶対言う事聞いちゃう
かも。そんで、眼を合わせると魅了されそうになるので、なるべく眼を合わせないようにしている。


そんな和服のママが「今日は雨が降ってたから・・・」と、ジーンズ姿で来ると、これが又いいんだよ。



「夏休みの宿題がねぇ・・・」などと、聞こえる話しに、ヘェーママ子供いたんだと、ビックリ。



店を出て「ありがとうございました」と見送ると、振り向きながら、手を振るママ、本当に可愛いんだ。
追いすがって、ギュッと抱きしめたくなる。


あやママも本当に美しい女性だ。ほんわかとしたムードで、どこか天然ボケの癒し系で、話し方や雰囲気が人の気持ちを優しくさせる。
その笑顔は100万$だ。その笑顔の陰に、どれほどの苦労があるのだろう。



ママが10代の頃、ある男性にベンツをプレゼントされたとか。



そのベンツをスイスイと乗りまわしていたのはいいが、なんと無免許だったとい
うから、やってくれるね。10代の頃のママ、可愛いかったべなぁ。ベンツの一台や二台プレゼントしたくなる程の魅力だ。



そんなママが真っ白いスーツに身を包み、店に入るや百貨繚乱の如く、パーッと明るくなる。
「あーママー!」と叫び、その首にふるい付きたくなる美しさだ。



同伴のオヤジ(スケベオヤジ)に「今度の連休どうするの?(店を休むの?)
旅行に行かないかい」と誘われる。「どうしようか、まだ決めてないの」とママがさらりとかわす。



そのオヤジに怒りにも似た嫉妬を感じた。いや殺意を持ったと言ってもいいのかも・・・。


ママと温泉旅行かぁ。湯上りの浴衣姿に火照ったママの頬。艶っぽいべなー。
差しつ差されつ、いいねー!


さぁー同伴も、そろそろ時間かなといった頃、ママ達は一斉に化粧室へ。
その間に支払いは、もちろん男性である。



「女の顔は請求書」と言うが、美しい女性ほど、高く付きそうですな・
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