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ダボダボの作業ズボンを穿いた工事現場のオジさんが、お湯の注がれた
カップ麺を片手に、弁当の入ったビニール袋をぶら下げコンビニから出てきた。
外回りの営業マンもコンビニの駐車場の車中で、買った弁当とペットボトルの
お茶で慌ただしい昼食だ。
サラリーマンもOLもコンビニで弁当やおにぎりを買っての昼食が多い。
この日本で昼食をコンビニで購入する人は一体全体何人いるのだろう。
今や日本の「食」はコンビニが支えていると言ってもいいだろう。


 子供の頃、昭和30年代はコンビニなど無かったので、朝昼晩の食事は
しっかり摂らないと、外で元気よく遊び回るには身体が持たないのだ。
オヤツはあったが、今の様に「スゥイーツ」などと言われるような多種多様な
ものではなく。フルヤのウィンターキャラメルとか飴玉くらいなものだった。
その時代の究極のオヤツはバナナだ。それも台湾バナナだった。
バナナは運動会か遠足でないと食えなかったな。


 小学校時代は給食ではなく、各自弁当だ。
その弁当のおかずで最も使われるのがソーセージだった。ソーセージと言っても、今時の粗挽きペッパーソーセージ・バジル風味などと洒落たもんじゃない。そーよ!あのピンクの魚肉ソーセージだ。
担任の加藤昌千代先生が「弁当にソーセージ入っている人、手挙げてみれ」と聞いたのだが、その日は教室で9割の生徒が挙手をした。
「そーだべな、ソーセージ切るだけでいいから便利だもんな」とポツリとつぶやいた。そう言う加藤先生の弁当にもソーセージが入っていた。


 給食の時間に、なぜか弁当を腕で囲んで隠して食べる男子同級生いなかった?何で隠すのか不思議だったな。見られて恥ずかしいような弁当ってどんなのだろう。おかずが魚肉ソーセージだけとか。それは完全に手抜きだから、朝出掛けに、お母さんに「食べる時に隠して食べるんだよ!」と言われたのかな。だけど弁当食うのにわざわざ隠さなくてもいいべやなあ。


好きだったのは海苔弁だ。弁当にご飯を敷き上に醤油を含ませた海苔を乗せ、それを2段にするのだ。醤油味の海苔がご飯と相まって美味かったな。
弁当の蓋を開けると海苔弁だったら、その日は一日楽しかったな。
日の丸弁当もあったな。真っ白いご飯の真中に赤い梅干を1個置くのだ。
日本の国旗日の丸を模したのだ。「欲しがりません、勝つまでは!」と戦時中に日本国民に「我慢」を強いた、時の政府の政策であるが。その粗末な食事、食糧不足が国民の健康を損ない結核などの病気で多くの人が犠牲になった。


 先日、車で東屯田通りを走行中に信号待ちで停車した時のことだ。ふと見ると空き店舗の内装工事をしているオジさんが昼食の最中だ。半分皮を剥いた魚肉ソーセージを手に持ち「ガブッ!」と食いつき、弁当のご飯を「バクバクバク」とかっこんでいた。その豪快な食い方に惚れボレしたな。
しかし、弁当を作る手間は大変だよ。食べ盛りの兄弟姉妹3,4人いてごらんよ~、魚肉ソーセージのお世話になるしょ!母さんあの日のお弁当ありがとうね。


だけどその手間の掛った弁当も、今はコンビニで買う事が多くなったね。
日本では古くから弁当は作られていたようで、これほど弁当が発展したのは食べている米(ジャポニカ米)が、炊いた後に冷めても美味しいからだろうね。
弁当といえば幕の内弁当でしょう。歌舞伎の幕の合間に食べたのでこの名が付いたそうだ。それと懐石料理を略式化した松華堂弁当に駅弁もいいね。


 弁当の基本はご飯におかずに漬物だ。調理済みの食べ物を弁当箱に詰めたもので、完成された料理である。付いている醤油なりソースをかけるとすぐに食べられる。昔から弁当とはそうであった。のだが昨今この弁当の形態が変ってきた。
ローソンで期間限定発売していたファイターズの稲田直人選手や田中賢介選手考案の弁当は、おかずの麺がカップケースに入り、タレがプルプルのゼリー状(女性に大人気のコラーゲンである)になっている。そのカップごと電子レンジで指定の時間をチーンするとゼリーが溶けてタレになり温かくなる。
「食べる人仕上げ型」の弁当である。


札幌ドームでファイターズの試合がある日に売られている稲葉弁当もおかずの麺とゼリー状のタレがカップケースに入っている。さすがにドームの客席に電子レンジを持ち込みチーンは出来ないので、こちらはカップを両手に持って振る。麺とタレが混ざるまでひたすらカップを振りつづけるのだ。
先日、隣の席の若いカップルの男性が、そのカップを振って混ぜていた。そんなにハッチャキになって振らなくても箸で掻き混ぜればいいのにと思ったが楽しそうに振っていた。弁当もゲーム感覚になってきたんだね~。
近い将来には弁当がルービックキューブのような固形化され。付いているバーコードをパソコンに入力すると、食材が料理に復元され、ピーと鳴って「お弁当が出来上がりました」と音声案内されて仕上がる弁当が発売されるかもね。
それが案外美味かったりしてね。


 入居しているビルのダストステーションに、食べ終えた弁当が毎月初めに捨てられているのだ。どこかの店舗でミーティングがあり、その時に出されるのだろう。しかし、その捨てられた弁当は半分だけ箸を付けたり、おかずだけ食べてご飯を残しているもの。なんにも箸を着けていない弁当などが20個程ダンボールに入れられ捨てられているのだ。使い古した雑巾のように、無残なまでに捨てられた弁当を見せ付けられ、胸に怒りが込み上げて来て「バカヤロー!」と叫びたくなった。


 先日、北海道新聞夕刊の、今日の話題に「沈黙の津波」という記事が掲載されていた。「世界で死因の第1位は飢えである。日本をはじめ先進国がグルメブームに沸く一方でアフリカの最貧国などを中心に飢えで、毎日、2万5千人が命を落としている。このうち、5歳未満の子供が1万8千人もいる。・・・飢餓の背景には、慢性的な貧困をはじめ、戦争や紛争、さらに地震や津波などの自然災害がある。干ばつなどの天候不順も加わる。これらが複雑に絡み合っており、解決の道は、ほど遠い。WFP(世界食料計画)のジョゼット・シーラン事務局長は4月22日、世界の食料危機について「飢餓という『沈黙の津波』が国境を越えて世界に押し寄せている」と述べ、第2次世界大戦以来の食糧危機だと警鐘を鳴らした。決して「対岸の火」ではない。日本の食卓は輸入に依存している。食料自給率はカロリーベースで39%にすぎない。食料暴騰が続けば沈黙の津波の影響を受けるのは必至だろう。・・・」


 捨てられた弁当に、「いつかお前達にしっぺ返しがくるぞ!」と言われたような気がした。
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