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 2007年に映画「バブルへGO!!タイムマシンはドラム式」が公開された。
阿部寛さん、薬師丸ひろ子さん、広末涼子さんの主演で、
バブル真只中の東京へタイムトラベルするストーリーだ。
バブル景気に沸き、浮かれる人々の様子が、見事に再現されている。


私自身も料理人としてバブル景気を体験したが、毎日が12月の忘年会シーズンのように宴会で盛り上がり、
「キャビアだ、トリュフだ、フォワグラだ」と、お祭り騒ぎのような消費が続いた。
今のようにフレンチの高級食材が入手しやすくなったのも、あのバブルのお陰である事は否めない。
あの渦巻くような時代の真っ直中にいたら、この景気の良さは永遠に続くと思われた。
そう思う人たちが大勢いたとしても、けっして責められぬ時代の勢いであった。
それだけにバブルがはじけた後は、天国から地獄に突き落とされたような結果となった。

当時のアメリカ連邦準備制度理事会(FRB日銀のような機関)のアラン・グリーンスパン議長は、
「バブルは崩壊して初めてバブルとわかる」と語っていた


映画のストーリーは、2007年日本は800兆円もの借金を抱え、遂に破綻のときを迎えようとしていた。
財務省の官僚下(しも)川路(かわじ)は、その原因が1990年3月30日に、
大蔵省の芹沢金融局長が発表した、「不動産融資取引規制」(総量規制 後述)の行政指導にあったと
考え発表を中止させようと計画する。
 
下川路は昔の恋人田中真理子が偶然発明した、洗濯機のドラム式タイムマシンで、
彼女を‘90年3月の東京へ送り込み、
「不動産融資取引規制」の発表を中止するように芹沢金融局長の説得を試みる。
が、直後に彼女は消息を絶つ。

この規制は芹沢金融局長が、自身の儲けのために仕掛けた罠だったのだ。
行き詰った下川路は、真理子を救出するために、真理子の娘真弓を、同じくタイムマシンで‘90年に送り込む。


映画はここから俄然面白くなってくる。
2007年から‘90年にタイムトラベルした真弓が体験する、17年間の時代ギャップが実に面白いのだ。
バブルに沸き立ちディスコで踊る女性たちの太い眉、ソバージュにボディコンスタイルには笑ってしまう。

道行く若者が携帯電話で話しをしているのだが、トランシーバーのような大きさである。
この真弓役の広末涼子さんが、見事にハマリ役でいい味を出している。

‘80年代末から‘90年初めにかけて、日本経済は「バブル景気」に沸きに沸いた。
22年前の事だが、あのバブルに浮かれた真只中で、自分も確かに生きていたのだ。
しかし、バブル景気崩壊後の日本経済は、未曾有の不況に見舞われ、今日に至っても未だに立ち直れない状況にある。

日本経済不況の元凶となった、「バブル」とはどういうものなのか、
バブル景気はどのように生まれ、なぜはじけたのか。
池上彰さんの講座「やさしい経済学」を参考に、バブルを知らない、
今の若い人たちのためにも当時を省みてみよう。



「戦後の東西冷戦」

1945年(昭和20年)8月15日、日本はアジア・太平洋戦争に敗れ終戦を迎えた。
同年8月30日 連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥は厚木基地に到着し、
レイバンのサングラスにコーンパイプを銜えた姿で、飛行機のタラップを踏み日本の地に降り立った。
以後6年に渡り連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって統治される。

そうして、戦後日本とアメリカの貿易再会に向けて、為替レートを決めるためにアメリカから調査団が来日した。
当時の日本の経済状況などから1$=320~340円が相応との調査結果を出す。
その報告を受けた、マッカーサー元帥は、その意見を参考にするも、1$=360円に決定する。

これは日本製品を1$=320円でアメリカへ輸出した場合、1万$だと320万円になるが。
1$=360円の場合、1万$で360万円の収益になる。

現在はその日の相場で、80円から75円になったりする、「変動相場制」であるが、
当時は「固定相場制」で、1$=360円と決まっていたのだ。

マッカーサーは円安に設定して、アメリカと日本の貿易において、日本が有利になるレートにしたのだ。
というのも、戦後アメリカとヨーロッパ諸国の資本主義と、ソ連、中国の社会主義の冷戦が始まっていた。
ソ連を中心に東ヨーロッパなどに社会主義政権が次々に成立し、中国では毛沢東率いる共産党が
‘49年に中華人民共和国を成立させた。


アジアで東西冷戦がはっきりとした形で現れたのは、‘50年6月に勃発した朝鮮戦争である。
ソ連が支援する朝鮮人民共和国と、アメリカが支援する大韓民国の代理戦争だ。
この戦争でアメリカ軍の衣服や兵器などの、軍事物資の補給基地となった日本は軍需景気となり、
戦後の経済復興のきっかけとなる。しかし日本のすぐ傍の、朝鮮半島は戦争で南北に分断され、
北朝鮮は社会主義国家となった。
この事態に危機感を抱いたマッカーサーは、対社会主義政策の一環として、日本に経済力を付けさせ、
「豊かな国」にする必要があったのだ。
それはアメリカの仲間であり資本主義の国は、こんなに経済が発展し豊かな国になるという事を、
アジアの国々へ、又世界の国々へ知らしめるために、日本をそのモデルケースしたかったのだ。


マッカーサーの読み通りに、日本の戦後復興は進み脅威の発展を遂げる。
安価で高品質な日本企業の製品は、アメリカでの需要を大幅に伸ばして行く。
その結果アメリカ企業は日本製品に太刀打ち出来ず、経営が成り立たなくなる状況に陥るのだ。
爆撃機B-29の砲弾で焼け野原になった戦後の日本経済がこれほどまでに発展するとは、
さすがにダグラス・マッカーサーも見通せなかったようだ。
戦後から40年を経た‘85年のアメリカレーガン政権は巨額の財政赤字と、
更には$高のため貿易赤字にも苦しみ経済は窮地に立っていたのだ。



「プラザ合意 バブルのきっかけ」
日本製品の輸出増大に窮地に陥ったアメリカは、「日本なんとかしろ!」と怒りの矛先を向けてくる。
世界経済の中心であるアメリカが不況では、世界的に影響が大きいと、
アメリカの経済危機を救うために、‘85年9月 日本、アメリカ、フランス、西ドイツ、イギリスの
先進五カ国が、二―ヨークのプラザホテルに集まり「\高、$安」への協調介入と、
協調利下げ実施を協議決定した。
アメリカの狙いは、行き過ぎた$高の是正と、景気刺激のための金利引き下げにあった。
この協議は、ニューヨークのプラザホテルで行われたために「プラザ合意」と呼ばれる。

円を高くして、日本製品のアメリカへの輸出にブレーキを掛け、$安にしてアメリカの貿易赤字を解消し
輸出経済を立て直そうとするものだ。
この協議に参加した西ドイツも「$安 マルク高」に合意する。
この協議は秘密裏に行われ、当時の竹下登大蔵大臣が参加した。

では「¥高 $安」にするためにはどうするのか?需要と供給の問題である。
外国為替で「¥と$」を交換することが出来る。
「円を売ってください」と言う人が増えると、円の需要が増えて「\高」になり、
逆に「$は要りません」と$を売りに出す人が多いと、$の需要が減って「$安」になる。

そこで「プラザ合意」に基づき、参加した各国が、「$売り\買い」を開始する。
$を売って、円を買うのが増えるから「¥高 $安」は一挙に進んだ。

プラザ合意から4ヶ月後の‘86年1月に、1$=240円が1$=200円台へと、
一機に40円もの円高が進む。
さらに円高の勢いは進み、’87年には一挙に120円台に突入する。
「プラザ合意」から、僅か2年間で120円もの円高になったのだ。



「公定歩合引き下げと土地神話」
円高が急激に進み輸出産業は大打撃を受け、日本経済は「円高不況」に見舞われる。
‘87年にその景気対策として「金利引き下げ」を行った。
日銀が固定歩合引き下げを5回も行い、最終的に2.5%までに引き下げた。
この2.5%は戦後最低の金利である。
でも、今の銀行金利は0.1%位だから、2.5%でもスゴイ高い金利だけどね。

低金利になると預ける方はあまり得にはならないけど、借りる方は借りやすくなる。
「金利が安いのなら、じゃあお金を借りよう」と、この低金利を利用して銀行からお金を借りる企業が増え、
その借りたお金で土地を買い始めた。

日本は国土が狭く、土地を所有していれば値上がりして必ず儲かるという「土地神話」がある。
こうして不動産に関係のない、鉄道会社や食品会社までが争うように土地買収を始める。

それまで企業は、不況に備えて収益を貯めておく、「内部留保」をしていたのだ。
しかしお金を留保していないで、資金運用し土地の売買で儲けようとする企業が増えたのだ。
当時の著名な経済評論家が、「財テクをしない経営者は、経営者失格だ!」とまで言いだし、
各企業は土地の売買で財産を増やす「財テク」に走ったのだ。

「土地神話」があるため、低金利を利用し銀行からの融資で土地を買う。
その土地を「担保」に、又銀行からお金を借りて別の土地を買う。
又その土地を担保に、銀行からお金を借り別の土地を買う。
日本中の企業が次々に土地を買い漁ったのだ。
「土地ころがし」である。

このように土地の売買を繰り返すのだが、高値になり過ぎて売れなくなった、土地の最後の所有者を
「ババつかみ」と呼んだ。
需要が増えると必然的に土地の値段はどんどん値上がりしていく。
銀行から1億円の土地を担保に8千万円の融資を受け、そのお金で又土地を買う。
1億円の土地でも、すぐに1億2千万円に、イヤ2億円になる勢いである。
銀行も「エーイ!すぐ値上がりするべ!」と、1億円の土地を担保に1億2千万円を融資するようになる。
こうして土地を保有していると、いくらでもお金が借りられるようになり、
企業は、本業以外の土地売買で大儲する「甘い蜜の味」を知ってしまう。



「NTT株」
現在のNTTになる以前は、日本電信電話公社であった。
電電公社と呼ばれ半国営的な会社で、電信電話は電電公社の独占企業だったのだ。
それでは競争相手が無いと、サービスの向上を図るために民営化が決定する。
NTT東日本、NTT西日本、NTTコミュニケーションズなどに分けられ現在のNTTに至る。

電電公社が民営化され、株式会社になり‘87年2月にNTT株が、1株119万円で売り出された。
ところが買う人たちが大勢いたため、買う権利を得るのに「抽選」となる。
抽選で当たった幸運な人たちは、1株119万円で購入したのだ。

しかし、購入できなかった人たちが、株式市場でNTT株を買いに殺到したために、
2ヵ月後には1株119万円が、318万円に上昇した。
たった2ヶ月の間に、1株で200万円弱の値上がりだ。
10株持っていたら2千万円程の儲けになる。
100株、1,000株保有していたら・・・まさに「濡れ手に泡」の儲けである。
株など買った事のない人たちまでが、NTT株を買ったら「アラ儲かっちゃた!」てなことになり。
これまで株に興味の無かった家庭の主婦までが投資を始める、「空前の株ブーム」が巻き起こる。
株が売れ始めると、需要と供給の関係で、必然的に株の値段は上昇する。
株で儲けようと、更に株を買う人が増え株価はどんどん上昇する。



「銀行の憂鬱」
株価が上昇すると、銀行が困ることになった。私達は銀行に0.1%程の利金で預金している。
その預金を銀行は企業に3%程の金利で貸し付け利益を出している。
株式会社が資金を集めるのには3通りある。
1「株を発行する」2「銀行からお金を借りる」3「社債を発行する」である。
しかし株ブームである、
企業は銀行から3%の金利で借りるよりは、金利1%で株券や社債を売った方が、2%もの金利差が出る。
株価は値上がりする一方だから、各企業は株券をどんどん発行して資金を集めるようになった。

困ったのは銀行である。
今までお金を借りてくれた各企業がお金を借りてくれなくなったのだ。
株で儲かった投資家が「次の株を買うまで銀行に預けておこう」と預金する。

又空前の土地ブームで、都市近郊の農家の人たちは、農業を営むより農地を売りに出すと、
何十億円ものお金がドーンと入ってくる。
農家の人はそのお金を銀行に預ける。
銀行にはお金がどんどん溜まる一方で、低いながらも利子は払わなければならない。
企業はお金を借りてくれないから利益が出ない状況になった。

そこで各銀行は、社員に「新規融資先開拓」の大号令をかける。
さて、全日本司厨士協会北海道地方本部の会員諸君なら、この様な経済状況下で「融資先」をどう探すね。

各銀行員は、街中を歩き回り「空き地」を探し出す。
その所有者を訪ねて「土地を遊ばせておかないで、マンションかビルを建てませんか。
その資金をお貸ししますよ・・・」と勧誘を始めたのだ。
次から次へと空き地を探し、その地主を訪ねて勧誘を続けたのだ。
所有者も、ただ土地を遊ばせておくよりは、それじゃマンションでも建てようかと、
次々とマンション、ビルが建ち始める空前の「マンションブーム」が起きる。
銀行はその土地を担保に新規の融資先を獲得したのだ。



「地上げ屋」
マンションブームが起きて、土地の再開発があちらこちらで起きる。
不動産業者がある土地一区画を再開発しようとする。
そこに住んでいる人たちの、家を訪ねて、「この土地を売ってください」とお願いする。
「いいですよ、売ります」と全員揃えばいいのだが。

代々そこで商売を営んできた家は、「ご先祖様に申しわけがない!」と断る人もいる。
不動産会社にしてみれば、20軒のうち18軒は承知しているのに、
他の2軒だけが立ち退きに応じないので計画が先に進まない。
するとどうなるか?
立ち退きに応じない家に、突然無人のダンプカーが突っ込む。
はたまた不審火で家が全焼してしまう。数人の男が鉄棒を手に乱入して家屋を破壊する。
このような事件が頻繁に起きるようになる。
困った土地の所有者は、渋々土地を売り立ち退くことになる。
これは不動産会社が、暴力団を使って行った「地上げ屋」の暗躍である。
当時こうした土地をめぐるトラブルが相次いで起こったのだ。



「買い換え特例」
土地の売買で得たお金には税金が掛る。
しかし、そのお金で別の土地を買うと税金が掛からない、「買い換え特例」の税制処置がある。
地上げが進むなか都心に土地を持っている人たちは、その土地を売り郊外に移り住む人たちが増えてくる。
土地ブームなので都心の狭い土地でも高値で売れるので、郊外に広い土地を買って移り住む。
そうした人たちが増えたために、今度は郊外の地価が、どんどん値上がりする状況になった。



「資産効果」
空前の土地ブームで、自分の住んでいる土地の価格が上がる、坪1万円の土地が5万円になった。
株ブームで持ち株の値段も上がった。
「自分はお金持ちになった」と思う人たちが大勢増えた。

お金持ちになったから何か買おうかと、当時の高級車「日産シーマ」が飛ぶように売れたのだ。
買った人の購買動機は、シーマが「高い値段だから」である。
普通のサラリーマン家庭も、土地購入のためにせっせと貯金していたが、
地価の高騰でマイホーム購入を諦める人たちが増える。
それじゃとアパート暮らしながら、シーマを買い乗る人も多かった。
資産が増えたように感じて、購買意欲が上がるのを「資産効果」と言う。
これなどもバブル現象のひとつである。



「ジュリアナ東京」
景気は益々上昇し、企業各社は収益を増やすが、利益をそのまま税務署に申告して、
税金をたくさん納めるのはバカらしい。
それなら「必要経費で落としちゃえ!」となる。

会社の経費で接待ゴルフや、銀座、赤坂、六本木のクラブで豪遊が始まる。
帰りは会社のタクシーチケットでご帰宅である。
タクシーの運転手さんも近距離よりも、遠距離のお客さんを選ぶようになり、
タクシーがつかまらない状態が続いた。

我が飲食業界にも空前の好景気が到来する。
レストランは「キャビアだ、トリュフだ、フォワグラだ」と、高級食材をふんだんに使い放題、
高級ワインやシャンパンが「ポンポン」抜かれた。
ホテルでは連日連夜の宴会続きであった。

今思うとなんとも羨ましい景気の良さだった。
ディスコ「ジュリアナ東京」では、ソバージュ、ボディコンのお姐さん達が、お立ち台に上がり、
羽根扇子を手に腰をくねらせ踊りまくり姿は、「イケイケドンドン!」と言われ「バブルの象徴」と言われた。
そんなボディコンお姐さんたちの気を引こうと、車で送り迎えする若い男性を「アッシー君」、
金品をプレゼントする「みつぐ(貢ぐ)くん」、食事を奢る「メッシー君」などと蔑んで呼ばれていた。
又この頃、図々しく羞恥心に欠ける中年女性を「オバタリアン」、
品の無い若い女性は「おやじギャル」と呼んだ。
このバブル景気は、日本の文化、芸能、社会に大きな影響を与え、
良しくも悪くも様々なものを生み出した時代でもあった。



「JAPANマネー」
バブル景気に湧き、儲かり続ける企業は、社員の給与もボーナス支給額も大幅アップだ。
日本は消費ブーム一色で、大勢の日本人が成田空港から海外旅行に出掛け、ブランド物や高額商品を買い漁った。日本企業は潤沢な資金をバックに、次々に海外投資を始める。


1989年10月に三菱地所はニューヨークのロックフェラーセンターを約2,000億円で買収。
安田火災海上保険がゴッホの絵画「ひまわり」を53億円で落札。
ソニーがコロンビアピクチャーを推定4,000億円で買収。
更に1990年5月にはニューヨークで、ゴッホの絵画「医師ガシェの肖像」を、
大昭和製紙の名誉会長斉藤氏が124億5千万円の史上最高額で落札する。
当時ハワイのゴルフ場の8割は日本企業が買収していた。
「JAPANマネー」が世界を席巻し、ロックフェラーセンターを買収した時には、
「アメリカの魂を、JAPANマネーが買い取った!」と非難を浴びた。
この海外不動産への投資は、現地の地価を高騰させ、資産税の上昇を招き、地元経済を混乱させる原因ともなった。
「エコノミックアニマル」と称され、JAPANマネーの勢いは世界中から顰蹙(ひんしゅく)をかった。
当時の東京23区の地価合計が、全米の地価合計とほぼ同額だった。
いかに日本の地価が高騰していたかが窺い知れる。



「ブラックマンデー」
景気が過熱し、地価や物価など色々な物の値段が上昇する「インフレ」状態が続く。
そこで日銀は、行き過ぎた景気に歯止めをかけるため、「公定歩合引き上げ」を検討する。

銀行から借りる金利を引き上げれば、借り入れが減るだろうと考えたのだ。
同じ頃ドイツも日本と同様に好景気に沸き、金利引き上げを検討していた。
しかし、1987年10月に、ニューヨーク株式市場で、株価が「大暴落」した。
これが月曜日だったため、黒い月曜日「ブラックマンデー」と呼ばれた。

この株価暴落の原因は、日本とドイツが公定歩合を上げようとしている。
と察知したアメリカの投資家たちが、「$を円やマルクに替えると高い金利が得られるはずだ」、
と考える他の投資家たちが大勢いるはずだ。
その投資家たちは、円やマルクを買うお金を得るために、今手持ちの株を売って、
お金に替えるだろうと先読みをした。
そんな投資家たちが大勢で株を売りに出すと、株の値段が下落するはずだ。
「ヨシ、株価が下る前に株を売ってしまおう」と、大勢の投資家が、我先にと「抜け駆け」して株を売りに出たのだ。

そうして、みんなが一斉に株を売りに出したために、株価は下落し大暴落になってしまったのが、
ブラックマンデーである。
「こういう事が起きるだろうと予言し、その前にやろうとしたらそうなってしまった」。
予言した事が本当に起こるのを、経済学では「予言の自己実現」と言う。
このブラックマンデー騒動が、更にバブルを膨らませてしまうことになる。




「公定歩合引き下げと総量規制」
さあ困ったのは日銀である。
日本景気にブレーキを掛けるために、公定歩合を引き上げると、アメリカの資金が日本に流れ込み
アメリカの株価が下る。
アメリカ政府は「アメリカの株価が下るから、金利引き上げは止めてくれ・・・」と、日本政府に圧力を掛けた。

敗戦以来、アメリカのご意見には逆らえないのが日本である。
アメリカに遠慮した日本は、公定歩合の引き上げは見送られた。
そうして飽和状態のバブルは益々膨らみ続けた。

ドイツも同様に、アメリカから公定歩合の引き上げ中止の圧力を受けたが、
「アメリカ何するものぞ!」と金利引き上げを行い、景気の過熱は避けられたのだ。

さて一般市民サラーリーマンはバブルのおかげで賃金も良く、貯蓄もあるのに地価高騰のために、
マイホームが購入できない。
この状況はなんだ「政治家はナニをやっているのだ!」と言う批判が高まってくる。
そこで1990年3月に、当時の大蔵省が、各銀行に「不動産業者に金を貸すな」と通達、
「総量規制」を指導する。
映画「バブルへGO!!]の、芹沢金融局長の「不動産融資取引規制」である。
と同時に、「土地を所有していれば儲かる」という時勢を抑制するために、土地を売買したお金に
0.3%の税金をかける「地価税」を新しく導入する。
さらに日銀もようやく重い腰を上げ、2.5%だった「公定歩合を引き上げ」、最終的に6%まで引き上げた。




「バブル崩壊」
総量規制のために、銀行から借り入れ出来なくなった企業は、資金繰りに困り土地売買を中止し、
一斉に土地の購入を諦める。今の今まで争うように買っていた土地が、ピタッと売れなくなったのだ。
需要と供給の関係で、売れなくなった土地の価格は下り大暴落する。
「土地神話の崩壊」である。
銀行は地価が上がるから、貸し付けていたのに、土地の価格が下落し、土地が担保にならなくなった。

銀行は1億円の土地を担保に1億2千万円を貸していたよね。
その時に処理していたら2千万円の損害で済んだのだ。

ところが8千万円になったら、4千万円の損失になる。これが「不良債権」である。
しかし、銀行はいずれまた「土地の値段は上がる!」と、バブルの夢が覚めやらぬまま、この問題を先送りする。しかし、土地の価格は更に下落を続け、不良債権は益々増大する。
更に貸付していた企業や不動産会社は、次々に倒産して、銀行は不良債権を処理出来ない状況になる。

‘97年11月に「三洋証券」と「北海道拓殖銀行」が破綻する。
拓銀は北海道の名が付いているが、地方銀行ではなく、全国に支店を持つ大手の都市銀行だった。
我々北海道の人間には拓銀の破綻は驚きだった。
「銀行が潰れる!?」信じがたい出来事だった。拓銀のような都銀が倒産するのは初めての事であった。
同じく「山一證券」が破綻。
この11月に銀行2社、証券会社2社が破綻している。


銀行同士でお金を融通しあう、「コール市場」と言う仕組みがある。
銀行同士なので、信用貸しの担保なしで貸し借りするものだ。
ところが三洋証券が倒産したために、お金を貸していた銀行は返してもらえない事態になった。
こうなると金融機関同士が、「あそこの銀行は大丈夫か?」と、「疑心暗鬼」になり銀行間の貸し借りがなくなり、
世の中の金回りが非常に悪くなる弊害が出たのだ。

銀行からお金を借りて、土地や株を買っていた人たちが、お金を借りられなくなり、
日本経済は更なる大打撃を受け、次々と会社が倒産する。
‘91年の4月から9月の倒産負債総額は3兆9、000億円と、昨年の5倍にもなった。
資産効果で浮かれていた人たちも、持ち株を売り払い、
日経平均株価はバブル時ピークの3万9千円台を大幅に下落し、株価は大暴落を続けたのだ。

戦後のダグラス・マッカーサーによる日本経済への方針から、バブルのきっかけとなった「プラザ合意」や、
「公定歩合引き下げ」「土地神話」「NTT株の売り出し」など、様々な要因が複雑に絡み合い、
バブルが発生し膨らんでいった。
その膨らみすぎたバブル対策のため、政府のとった「総量規制」「地価税の導入」。
日銀による「公定歩合引き上げ」などの規制が重なり、景気の下落を招き「バブル崩壊」を迎える。
その後日本経済は、物価が下がりお金の価値が極端に上がる「デフレ」の時代になり、長い低迷期を迎える。
それは2012年の今もなお続いている。


「山高ければ谷深し」、バブル景気があまりにも激しかっただけに、その後の日本経済への反動は更に大きいものとなった。

さて映画「バブルへGOO!!」は、下川路や真理子、真弓らの活躍で、
芹沢金融局長の不動産融資取引規制を阻止する。
‘90年から2007年に戻った真理子と真弓は、時勢が変わっている事に気付く。
下川路総理大臣の下、日本経済は見事に立ち直っていたのだ。
政治家、官僚たちの政策は、日本の行く末を大きく左右するのだと、教えてくれる映画でもある。



札幌の街中でもビルの間の狭い空き地に、車が5~6台停められるような小さなコインパーキングを
よく見かける。
マンションやビルを建てるには狭すぎるスペースだ。
バブルが崩壊し、土地買収の途中で頓挫してしまい、「売るに売れない 買うに買えない」、
状況になったのだ。
土地を遊ばせてもおけず、コインパーキングにしているのだ。
あの小さなコインパーキングは、バブルの夢の痕なのである。


景気が良いのはいい事だ。
しかし、バブルを知らない世代の若い人達が、再び同じ過ちを踏まぬように、最後にこの言葉を贈りたい。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
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