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最も有名なボクサーは?と問われたら、誰もが「モハメド・アリ」と答えるだろう。 ヘビー級史上、いやボクシング史上これほど名の知れたボクサーは他にいない。


歴代のボクサー総ての階級を比較して、最も強いボクサーはモハメド・アリである。と断言したいのだが、惜しむらくは最も強かった1967年、当時のアメリカの徴兵召集を拒否したためにチャンピオンの座を剥奪され、4年間の試合出場停止をWBA(世界ボクシング協会)に宣告されてしまった。
この時期にリングに上がっていたら・・・とボクシングファンならずとも思うところである。


アリは当初、本名のカシアス・クレイでリングに上がっていた。
アリ以前のヘビー級のボクシングスタイルは、身長2メートル近い大男たちが、いかに自分の重いパンチを力任せに対戦相手にぶち込んでブッ倒すか、というパワーボクシングだった。
そこに軽やかなフットワークで相手パンチを外し、左ジャブで相手を突き放し、一瞬の隙を突いてパンチを打ち込んで倒す。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」アリの新しいスタイルのスピードボクシングが登場する。
それは、まさにヘビー級の革新的ボクシングスタイルだった。
ヘビー級のボクシングはモハメド・アリ以前と以降、パワーからスピードへとボクシングスタイルは変ってゆく。


さてモハメド・アリは、誰を破ってチャンピオンになったかご存知か?
ジョージ・フォアマン?それはタイトルを剥奪されて‘74年カムバックした時の事。
アリが22歳でヘビー級のタイトルに初挑戦した1964年、当時のチャンピオンはソニー・リストンである。本名リチャーズ・ソニー・リストンである。
中学校の頃、10歳年上の従兄弟がボクシング好きで、雑誌“プロレス&ボクシング”を毎月購読していた。この従兄弟、ファイティング原田選手がフライ級のチャンピオンだった当時「原田なら俺勝てるな!」と豪語していたほどのボクシング好きだった。(絶対に勝てないと思うけど・・・)
その本を手にパラパラとめくり開いたところが、ソニー・リストンのページだった。その時は、ソニー・リストンなど知る由もなかった。
掲載されていた記事で記憶に残っているのは、ボクシングのヘビー級のチャンピオンだという事。ニックネームは「灰色熊」。
掲載されている写真は、ステーキを食べているところだ。ソニー・リストンの強さはこのステーキを食っているからなのか?と子供心に思ったものだ。
昭和30年代、ステーキといえば最高級の食い物だった。聞いたことはあるけど、見た事も食った事もない、憧れの食べ物だったな。
だから、ステーキと聞くと「リストン」と思い浮かぶんだ。
このステーキ肉、今じゃスーパーで3枚入りの1パック1980円で売られているのを見るに付け、憧れがパックに入れられて普通になってしまった。
以前は輸入牛と言えば、アメリカ産だったが、BSEの問題で市場の大半はオーストラリア産に取って代わられた。スーパーでもアメリカ産牛肉は売られているが、どうにも購買意欲がわかない。手に取るのは国産かオーストラリア産の牛肉である。
米国産牛肉のBSE問題でお隣韓国の国民感情は我が国とは随分と違う。
国民が一致団結し6月には16万人がデモ行進で政府の対応の不備を追及し、発足したばかりの李明博政権を揺るがし全閣僚が辞任するまでに発展する。韓国とは違い、日本ではこれほど過激な抗議行動はしないだろう。
この感情の違いはなんだろう?・・・


さて、リストンだがこの記事で一番印象に残ったのはステーキを食っている顔写真だった。なんとも恐ろしい顔である。何がと言って、人を威圧し脅すようなギョロとした目だ。その目で睨まれると「ドキ!」とするだろう。
顔の真中にでんと居座る大きな団子鼻。長い鼻の下を隠すような口髭に分厚い唇と眉間のシワ。見るだけでぞっとする顔だ。
ボクシング史上最も悪相のチャンピオンと言われている。それもそうだろう、なんとボクシングを覚えたのは刑務所で服役中のことで、チャンピオンになった時は30歳である。とてつもないヘビーなパンチで恐怖のチャンピオンとして君臨した。


これを書くのに、インターネットでリストンの経歴を調べ、久しぶりにリストンの写真を見たが、いつ見ても恐ろしい顔だ。
それにしてもリストンと言う名前が実に強そうじゃないか。リストンのトン(・・) が、1t2tを連想させて打ち込むパンチが実にメガトン級だ。
カシアス・クレイなどと、どこかすっ呆けた名前よりは、リストンの名前の方がスゲー迫力あるべ。アリが挑戦した当時の下馬評はリストンの圧倒的有利で、カシアス・クレイって、どこの青二才だ?と言われていた。
しかし、大方の予想に反してゴングが鳴るや、リストンの唸るような恐怖のパンチをクレイは華麗なフットワークで「蝶の様に舞い」外し、リストンの一瞬のスキにパンチを「蜂の様に刺し」7ランドKO勝ち。
圧倒的不利を覆した、クレイの勝利に上を下への大騒ぎになる。と言うのも、試合前に記者団の前でクレイはバカみたいに大口を開け、指を7本立て「7ラウンドKO」を予言していたのだ。
なんだかんだと大口を叩くので「ホラ吹きクレイ」のニックネームで呼ばれ、一躍時代の表舞台に立つのだ。


翌年リストンはリターンマッチ(その当時チャンピオンが敗れた場合、次の試合の挑戦権がある)でアリに挑戦するが1ランドKO負け。
しかし、この1ランドKOは、ここだけの話、内相なんだけど「八百長」では・・・。リングサイドの観客も「八百長だ!」と叫んだほどだ。
このKOシーンの印象的な写真がある。ダウンしたリストンを足元に見下ろし「立て!」と叫びコブシを振り上げているアリの勇姿である。
ボクシングの歴史が変った瞬間である。
思えばこの試合、端正な顔つきのクレイと最も悪相なりストン。スピードとパワー、オリンピックでボクシング競技の金メダリストとムショ上がりのリストンという対照的な二人の対戦であった。
その後、アリは黒人解放運動、ベトナム戦争反対など平和運動など、たんなるボクサーではない活動家として貢献する。
敗れたリストンは、その後薬物の服用が過ぎて38歳の若さで急死する。
華々しいアリの活躍の陰に忘れ去られた、ソニー・リストン。その名はステーキと共に、心に残る恐怖のチャンピオンだった。(案外いい奴だったかもね!)


ところで諸君!自分のコブシ周囲何センチある?まあ30cm前後だろうね。
ところがリストンのコブシ周囲、なんと38Cmもあったそうである。
その大きなコブシで50勝の内39KOの山を築き上げた。
59年の人生で、未だ周囲38Cmものコブシの持ち主に出合ったことはない・
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